Jazz Diary 杉田宏樹のジャズダイアリー

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2008年12月アーカイブ

2008年12月03日

トップ・ドラマーの興味深い新ユニット

 ハービー・ハンコックのフューチャー2フューチャー・バンドで活躍するなど、決して層が厚いとは言えない女性ジャズ・ドラマー界の第一人者がテリ・リン・キャリントンだ。今宵は新しいカルテットを率いて、「ブルーノート東京」に出演した。90年代初めにはソニー・ロリンズ譲りのスタイルで将来を嘱望されたゲイリー・トーマス(ts)、今回が初来日となるキューバ出身のアルアン・オルティス(p)、メジャー・デビュー作が大注目のエスペランサ・スポルディング(b)と、このメンバーでどのようなサウンドが生まれるのか予断を許さない点で、興味深いユニットと言える。ステージはトーマス作曲の「エグザイルズ・ゲート」で幕を開け、そのまま50分間ノンストップで演奏を続けた。メンバーのソロをフィーチャーしながらの、山あり谷ありの展開は、今夏に観たブライアン・ブレイド(ds)・グループを想起させるもの。男女比率が2対2ながら、存在感では女性2名が際立っていた。9月に自己のトリオで来日した余韻が冷めないうちの再来日となったエスペランサは、今回ベーシストとしての力量と魅力をたっぷりと披露してくれたのが収穫。またジョニ・ミッチェル曲とジミ・ヘンドリックス曲ではヴォーカルを聴かせてくれたのも嬉しい。終わってみればBNTとしては長丁場の90分間のパフォーマンス。このようなセッティングでも堂々と自己主張をして見せてくれたエスペランサに拍手を送った。

2008年12月04日

セッション・ギタリストが新生トリオで来日

 デヴィッド・サンボーン・グループでたびたび来日し、エキセントリックなステージ・マナーがファンには周知のディーン・ブラウン。今回「DB III」名義の新しいグループを率いて、丸の内「Cotton Club」に出演した。いつもならビールを注文するところだが、今回はウイスキーの山崎がスポンサーということで、山崎&ウォーターを味わいながら開演を待った。バンド・メンバーはウイル・リー(el-b)+デニス・チェンバース(ds)と、ジャズ・フュージョン界で長く活躍し続けるトップ・ミュージシャンだ。全員がリーダーのオールスター・トリオと見做してもよさそうな顔ぶれは、まだアルバムをリリースしていないこともあって、何が飛び出すかわからない期待感が高まっていた。選曲は彼らが敬愛するジャコ・パストリアスやジミ・ヘンドリックスのナンバー等で構成。1曲ごとにMCを務めたブラウンは、サンボーン・バンドの時とは対照的に生真面目なアナウンスによって、知られざるキャラクターを明らかにした。メンバー最年長のリーは58歳になるが、とてもそうとは思えないほど若々しい風貌で、ジャンプしながらのプレイもかつて観た渡辺貞夫の日本武道館公演の時と変わらなくて驚いた。両足のフットペダルを使用したチェンバースのバスドラも、重量感溢れるトリオ・サウンドを演出。フュージョン・ファンには嬉しい一夜であった。

2008年12月05日

クラシック界で話題のピアニストを初鑑賞

 1970年トルコのアンカラ生まれだから、ブラッド・メルドーとは同年。同じピアニストではあるが、もちろん両者にそれ以外の共通点はほとんどない。多くのアルバムや来日公演で、日本でもファンをつかんでいるファジル・サイの名前は、今回初めて知った。「ファジル・サイ・プロジェクト in Tokyo 2008」と題して、すみだトリフォニーホールで3日連続の公演が企画されたのは、今サイが旬のミュージシャンだからこそ、なのだろう。デュオ・ライヴの第2夜に足を運んだ。発表されていたのはブルハン・オチャル(per)とのデュオだったが、急遽第3夜に出演予定のヴァイオリン奏者パトリツィア・コパチンスカヤの参加が決定。期待が膨らんだ。なるほどサイのスキルの高さは、すぐに理解できた。そこにタブラの名手が加わると、即興色が増してスリリングな場面が現出する。ジョー・ザビヌル、クロノス・カルテット、スティングといったジャズつながりのミュージシャンとの共演歴があるオチャルが、これまたサイに劣らぬテクニシャン。高速テンポを持続してタンバリンを操る指の動きは、まさに神業だ。クラシックを逸脱し、現代音楽的なスキルも披露したコパチンスカヤの共演が、プログラムの色合いを豊かにしたことは間違いない。ジャズ・ファンにも聴きどころの多いステージであった。

2008年12月06日

日米を股にかけるピアニストのクラブ・ライヴ

 今年リリースした『ブーラヴォーグ』が好調な山中千尋が、出演歴のある神田「TUC」に帰ってきた。このところ2つの雑誌インタビューで山中とじっくり話す機会が続き、その時に現在のジャズ・シーンに対して的確な情報収集と分析をしていること知って、好印象を抱いていたのだ。場内は熱心な男性客が多数占め、山中人気を証明。満員の観客の前に登場した山中は、いい意味でのマイ・ペースで演奏を進める。演奏曲目を事前に決めていなかったらしく、その場で決めた曲の楽譜をヴィセンテ・アーチャー(b)+ジーン・ジャクソン(ds)に確認するやり取りが笑いを誘った。2005年にメジャー移籍してからすでに3年が経っており、自虐的で予想できないMCにも免疫があるファンが多いと見受けた。選曲ではアルバム未収録のものを演奏してくれたことが特筆もの。「クライ・ミー・ア・リヴァー」は何故こんな古い唄ものを、と思ったが、ブラッド・メルドーのレコーディング曲だとわかって、メルドー・ファンの山中らしい選曲だと合点がいった。さらなるサプライズは「あこがれのハワイ航路」。選曲動機を明かさなかったが、歌謡曲好きの山中ならこれもありか。アレンジが山中のキラー・チューンである「八木節」を想起させるものだったことは、指摘しておきたい。本編が終わってアンコールに登場した山中は、結局「八木節」を演奏した。その前のMCで「もう聴き飽きたでしょ?」と言っていたのに。水を得た魚のような演奏に、やはり山中の代表曲だと再認識したファンは多かっただろう。

2008年12月07日

ノルウェーの人気バンドが再来日

 2年半ぶりの新作『レトログレード』をリリースしたノルウェーのスーパー・グループがアトミックだ。それぞれがリーダー活動を含む様々なバンドで活動をしており、それらがフィード・バックした形でバンドのグレードアップが図られている。今夜は常宿の新宿ピットインでのステージを観た。自由奔放でいながら統制が取れている音楽性は、伝統と現在の良いところを結びつけたものであり、バンドの結束力が感じられた。フロントがスウェーデン人で3リズムがノルウェー人のクインテットは、両国の最先端のジャズ・イディオムが好ましい形で結びついた好例と言うべきだろう。都内のジャズ・クラブで多くのノルウェー人新世代ミュージシャンを観てきたが、アトミックの観客動員力は群を抜いている。それも含めて爽快なステージを堪能した。

2008年12月10日

関西を代表する女性ヴォーカリストのクラブ・ライヴ

 「代々木NARU」へ最後に足を運んだのはいつだっただろうか。今夜は5月以来の東京公演となるヴォーカリスト清水ひろみを観た。今年、清水はドン・フリードマン(p)とのデュオ・アルバム『ワルツ・テンダリー』をリリースし、先頃はニューヨークでクラブ・パフォーマンスも敢行。大阪で自ら経営するジャズ・クラブを拠点に、日米を股にかけた活動でファンを開拓している。今回はピアノ+ベースをバックに歌うセッティングだ。店内に入ると、ノルウェーから来日中のディスコグラファー、ヤン・イヴェンスモ氏とばったり。評論家の高田氏がご案内したという。ぼくは3日後にヤン氏とランチの約束をしていたのだが、これは偶然の嬉しい再会である。清水が今日初めて会ったという2人のミュージシャンとの関係も良好で、ドラムレスの歌唱で清水の新しい一面を知る思いがした。

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2008年12月15日

亡き天才ドラマーへのトリビュート・バンド

 60年代にマイルス・デイヴィス・クインテットでその天才性を全世界に知らしめたトニー・ウイリアムスは、69年にライフタイムを結成し、ジャズとロックを融合した重量級のサウンドによって、シーンに大きな反響を巻き起こした。97年に51歳の若さで他界したトニーの輝かしいキャリアであるライフタイムに捧げた特別プロジェクトが「ブルーノート東京」に出演。ライフタイムのメンバーだった英国人で、マイケル・マントラーらジャズ人脈も持つジャック・ブルース(b,vo)、プロジェクトの提唱者でリヴィング・カラーのメンバーとして名を上げたヴァーノン・リード(b)、メデスキ、マーティン&ウッドのメンバーで近年ジョン・スコフィールドとのコラボレーションが話題のジョン・メデスキ(key)、トニーのファンでドラマーとしても同じ流派に属するシンディ・ブラックマン。一見つながりがわかりにくい4人だが、思いは同じということで、濃密な音楽空間を現出した。ヴォーカルも披露したブルースがヴェテランらしい存在感を発揮。メデスキの技ありのキーボード・プレイも特筆したい。おそらく2度と実現しないであろうスペシャル・プロジェクトのステージは、ぼくが知る限りBNTでは最長の1時間40分に及んだのだった。

2008年12月16日

人気バンドで頭角を現したベーシスト

 上原ひろみトリオ?ヒロムズ・ソニックブルームのベーシストとして、日本での知名度と人気が高まっているトニー・グレイが、自己のプロジェクトで丸の内「Cotton Club」に出演。今年リリースしたリーダー作『チェイシング・シャドウズ』にはリオーネル・ルエケ、上原が参加しており、ソロでも着実な実績を築いていることを証明した。今宵は同作にも協力したグレゴア・マレイ(hmca)をフィーチャーした4人編成のグループによるステージだ。トニーはイギリス、マレイはスイス出身だが、共に1975年生まれということで、お互いにシンパシーを感じているのだろう。ストーリー性を帯びたサウンドで楽しませてくれた。新作のコア・メンバーによる今回のバンドは、今後さらに発展するポテンシャルを感じさせるものであった。

2008年12月17日

自己のポジションを確立した邦人女性ジャズ・ミュージシャン

 藤井郷子に関しては、この日記でもたびたび触れてきた。アメリカでの研鑽生活を終えて帰国後のこの10年間を振り返ると、誰も成しえなかった道を切り開いてきた闘いの連続だったと言えよう。既存のレコード会社との関係も作りながら、自主制作でのアルバム・リリースも積極的に進めるスタンスは、常識破りの発想が結局は意欲さえあれば可能なモデルケースを構築する形になったのである。今夜は独Enjaにもレコーディングしている日米混成トリオ+1によるお馴染みのカルテットが、新宿ピットインに出演した。数日前に藤井さんから受けた連絡によれば、ベースのマーク・ドレッサーが家族に不幸があったために出演をキャンセル。代わりに藤井オーケストラのメンバーでもあるケリー・チュルコ(g)が穴を埋めた。楽器編成的には初めてということと、チュルコの好演によって興味深いシーンを体験できたのが収穫。ピットインは年初にピアノ弦を張り替えて、調律師による特別なピアノ・メンテナンスが施されたこともあり、藤井のピアノに関しては過去最高の鳴りを体感した。

2008年12月18日

チャペルで開催されたクリスマス・コンサート

 先週取材のために会ったピアニスト木住野佳子が、品川教会で開催したコンサートに出かけた。初めてここに足を運んだのは中島美嘉+アラン・トゥーサン+エルヴィス・コステロのプロモ・イヴェントだった。今井美樹、柴田淳ら個人的にウォッチしているJ-POP系アーティストがDVD作品を作っていることでも、名作が生まれるヴェニューとして同教会は音楽ファンの間で認知度が高まっている。座席を確認すると、アロマキャンドルが入ったクリスマス・プレゼントが用意されていた。気分が高まったところで演奏がスタート。ファースト・セットはクリスマス・ソングを木住野流にアレンジしたプログラム。幅広い客層のオーディエンスに温かい波動を送ってくれた。ストリング・カルテットを用意したセッティングは、やはり贅沢。
 終演後出口に向かうと、ライター櫻井氏とばったり。誘われるまま、目黒に移動して「ブルース・アレイ・ジャパン」へ。吉弘知鶴子クリスマス・ゴスペル・ライヴを観た。黒人女性3人+男性1人のヴォーカリストがフロントを務める楽しいステージ。同じクリスマス・コンサートでも品川から移動しただけでがらりと客層が変わったのだが、両方とも音楽ファンがそこに集ったことに変わりはない。アメリカでの実績を積んでいる吉弘は、ゴスペル・プレイも堂に入っている。MCも上手で驚いた。来年アトランタで開催されるマーティン・ルーサー・キングの記念式典で演奏するとのこと。終演後に以前呑み会で同席したことを伝えて、再会を祝した。

2008年12月23日

節目を迎えた恒例のクリスマス・コンサート

 自身が率いるトリオ=ジャズに軸足を置きつつ、J-POPでの作・編曲、演奏仕事も多忙なピアニスト、塩谷哲は、毎年この時期に様々なゲストを迎えたコンサート「ソルティッシュ・ナイト」を主催している。今宵は数えて12回目となる“ソルト(=塩谷の愛称)&フレンズ”のステージを中野サンプラザで観た。ノラ・ジョーンズのヒット曲「ドント・ノウ・ホワイ」のピアノ独奏で幕を開けると、最初のゲストに柴田淳が登場。個人的に数年前からファンで、CDを揃えていたこともあり、いつか生で観たいと思っていたシンガーだ。「月光浴」「わたしの夢」と、ソルトのピアノだけを伴奏に、しばじゅんワールドを堪能させてくれた。続いて柴田が以前からファンだという田島貴男(オリジナル・ラヴ)との初共演が実現。このイヴェントならではの貴重なシーンを楽しんだ。
 沖縄からこのライヴのために駆けつけた玉城千春(キロロ)に、塩谷トリオのベーシスト、井上陽介が加わったコーナーで和ませると、若手シンガーの絢香がヒット曲「おかえり」を熱唱。2年前にワーナーミュージックのコンヴェンションで初めて生絢香の歌の上手さを体感して以来、彼女の動向はウォッチしていた。リンダ・ロンシュタットやイーグルス・ヴァージョンで有名な「デスペラード」の堂々とした歌唱に感嘆。塩谷は盟友である佐藤竹善(シング・ライク・トーキング)と長年コンビで活動しているソルト&シュガーで、来年は本格的に活動を展開するという。佐藤が渡辺貞夫のコンサートにゲスト出演し、日本人歌手として初めて渡辺とステージで共演した時の「オールド・フォトグラフ」をしっとりと歌った。最後に全員がステージに勢揃いして「星の夜」を歌唱リレー。2度目のアンコールに応えた塩谷は、ピアノ独奏の「この素晴らしき世界」で、3時間超のイヴェントを無事に締めくくった。

2008年12月28日

日本が誇るベストセラー・アーティストの年末ライヴ

 本年度ジャズ部門のベスト・セリング・アーティストは上原ひろみに決まった。これまでオリジナル曲1本で勝負してきたところ、初めて有名曲に挑んだ『ビヨンド・スタンダード』と、日本武道館公演を成功させたチック・コリアとの『デュエット』が、際立った売れ行きを示したのだ。これはジャズの枠を超えて、音楽ファンからの支持を集めた結果にほかならない。
 今夜は昨年に続いて「東京国際フォーラムホールA」で行われた、ヒロミズ・ソニックブルームのツアー最終日を観た。ファースト・セットは新作からスタンダードを中心とした構成。本人も記していたが、英語題「スキヤキ」で全米No.1を獲得した坂本九の名曲を、原題にこだわってクレジットした「上を向いて歩こう」や、ジェフ・ベックのギター・インストゥルメント傑作からの「レッド・ブーツ」は、世界を舞台に活動することが自然体である上原のスタンスを実証するパフォーマンスであった。バンド・コンビネーションがすっかり熟成しているだけあって、セカンド・セットで即興的に繰り出した「チキン」(ジャコ・パストリアスで有名)は和やかなムードが伝わってきた。アンコールに応えて再登場した上原は、「年末のお忙しい時にわざわざお運びくださいまして」と感謝の言葉を述べながら、今まで見たことがないほど長く深々と頭を下げた。邦人ジャズ・ミュージシャンのトップを極め、世界的に活躍する人気ミュージシャンになった今も、感謝の念と謙虚な気持ちを忘れない姿勢は、本当に素晴らしい。ピアノ独奏の「プレイス・トゥ・ビー」に続き、他のメンバーも加わって「XYZ」を演奏。これで終演という雰囲気になって客電も点いたのだが、拍手が鳴り止まない。果たせるかな、メンバーが再びステージに姿を現した。そして始まったのが「カンフー・ワールド・チャンピオン」。この曲が聴けなければ終わらないとばかり、興奮したファンがステージ前に押し寄せて通路もいっぱい。有楽町がフジ・ロック状態になって、客席で観ている自分も興奮した。ジャズ・プロパーではない若者を引き付ける上原の力に感嘆すると同時に、ジャズに興味を持ったこれらのファンを誘導する役割が自分にあると痛感したのである。終演後バック・ステージを訪れて、1年ぶりにひろみちゃんと談笑。さらなる活躍を確信したステージであった。
 その後お茶の水に移動し、「NARU」で西山瞳トリオの最終セットを鑑賞。東京トリオと呼んでいい佐藤泰彦(b)+池長一美(ds)とのコンビネーションも上々で、魅力的な新曲共々、今後の西山の新展開を予感させるパフォーマンスとなった。

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